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戦争の悲しみ…平和の尊さ…

Category歴史
戦時中、リトアニアのカウナス領事館に赴任していた杉原は外交官として…いえ、1人の人間として
日本政府に背き独自の判断でビザを発行し、6000人ものユダヤ人の命を救いました。
その【杉原千畝(ちゅうね)】の人生が映画化され
2015年12月5日全国ロードショーとして公開されます。
予告編の動画がUPされていましたので、ここでご紹介します。
是非、ご覧下さいませ。


杉原同様、ドイツと手を結ぶ事…いわゆる"三国同盟"に最後まで反対なさった方がいました。
それは、最後の海軍大将と称される【井上成美(しげよし)】です。
ヒトラー著「我が闘争」をドイツ語で書かれた原文を読んだ井上は、日本語訳本で省かれた部分…
ヒトラーが日本人蔑視を公言していることを知っており、
最後まで三国同盟に反対の立場を貫きました。
また、海外留学の経験から、アメリカの国力を分かっていた井上は、三国同盟と同じく、
アメリカとの戦争にも最後の最後まで反対していたと言われています。
開戦後、当時の大臣に向かって
『大臣、手ぬるい、手ぬるい。一日も早く戦をやめましょう。
一日遅れれば、何千何万の日本人が無駄死にするのですよ』

と言い大臣を責めたというエピソードも。
杉原・井上a2
杉原も井上も、あの戦時下では異端児扱いを受けましたが、現代の私達から見ると
至極当たり前の事を訴えていらしたのです。
戦争で2人の伯父を亡くしている私としては、
あの戦時下においてこの様な想いを持っていた方々がいた…という事に
何と言いますか…少し救われる気持ちになります。

※ここから先に、刺激の強い写真を紹介しております。
ご注意下さいませ。



私がこれだけあの戦争に心を砕くのは、
私の両親が戦争体験者という事と、父が肉親を戦争で失っているからです。
幼い頃より両親から戦争の体験談を聞いて育ちましたので、
疑似体験としてですが、同世代の若い人よりも
あの戦争の事を分かっているつもりでいました。
しかし高校生の頃、学校の図書館で
ふと手に取った戦争に関する本に載せてあった
この写真を目にした瞬間、ハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けました。
DSCF5527a1.jpg
ガダルカナル島の戦いで亡くなった日本兵の写真なのですが、
ガダルカナル島の戦いは日本の継戦能力の限界を超えた状況で
食糧が底を尽き、多くの兵士が餓死していったと言われています。
父の2人の兄…長男は広島の原爆で亡くなったのですが、
次男はブーゲンビル島で戦病死しています。
ブーゲンビル島もガダルカナル島と同じくソロモン諸島の熱帯の小さな島で
戦況もほぼ同じく、食料も医療も受けらなかった悲惨な状況だったようなんです。
この写真の兵士…分かり辛いかもしれませんが、
片手に飯盒を握り締めたまま亡くなっているんです。
飢えと孤独に耐えながら亡くなっていかれたのかと思うと
この兵士の姿がブーゲンビル島で亡くなった伯父と重なり
悲しくて悲しくて胸が張り裂けそうです。
何となく漠然と分かっているつもりになっていたあの戦争…。
無謀な作戦の犠牲となった兵士達…飢えと病と孤独…
そこには人間の尊厳も何も無い…。
「これが戦争なんだ。戦火や銃撃戦だけが戦争じゃない。
だから、もう二度と戦争をしてはいけない。」
 

とこの写真があらためて、私に教えてくれました。

混迷を深めつつある今…私達は今一度足を止め、過去を振り返り、
あの戦争の悲惨さに心を傾ける必要があるのではないでしょうか…。
『未来の鍵は、過去にある』
広島の原爆資料館に掲げてある言葉です。







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