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岡城跡…荒城の月♪

Category歴史
週末はちょっと足を延ばして大分県竹田市にある
【岡城跡】に行って来ました~
思い付きで行く事になりました岡城跡…。
城があったという事は当たり前ですけれど、岡藩という藩があったんですよね。
私の勉強不足で全く知りませんでした

岡城は、文治元年(1185年)大野郡緒方荘の武将緒方三郎惟栄が
源頼朝と仲違いしていた弟義経を迎えるために築城したと伝えられている。
その後数回、主の入れ替わりがあり、文禄3年(1594年)2月、
播磨国三木城(兵庫県)から中川秀重が総勢4千人余りで入部し、
急ぎ近世城郭の形を整え、本丸は慶長元年(1596年)が完成、
寛文3年(1663年)には西の丸御殿が作られた。
明治2年(1869年)版籍奉還後の明治4年(1871年)には、
14代・277年続いた中川氏が廃藩置県によって東京に移住し、
城の建物は廃城令によって明治7年に全てが取り壊された。


高台にある城内に入る為にはまずは緩やかな坂道を登って行きます。
『ずっと昔…武士達もこの道を登っていたのね』と思うと何といいますか、
とても感慨深い気持ちになり
この坂道から私の心はワクワクでした
DSCF0142q.jpg



緩やかな坂道の後に待っていたものは
急で…しかもかなり段差のある階段
心がワクワクした後は、心臓がバクバクとなりました(笑)。
DSCF0144n.jpg



上記にありますように、
城の建物は明治7年に全てが取り壊されてしまいましたので、
今となっては残された石垣や階段などの存在が辛うじて昔を偲ばせます。
どうしてでしょう…この場所、岡城跡は私にとってとても心地良く感じました
また来たい…そう思える場所でした。
地元にある熊本城では感じる事がなかったこの気持ち……。
自分でもとても不思議です
DSCF0149n.jpg



城跡には瀧廉太郎の銅像と廉太郎が作曲した名曲
「荒城の月」の碑が建てられています。
明治の西洋音楽黎明期における代表的な音楽家の一人「瀧廉太郎」…。
廉太郎は、少年時代を竹田で過ごし、
荒れ果てた岡城に登って遊んだ印象が深かったとされ、
明治34年(1901年)に中学校唱歌「荒城の月」を作曲、発表しています
荒城の月@1a



…っと、その時、本丸跡から見上げた空に
白く浮かんだ月の姿が見えました。
まさに荒城の月…
ちょっぴり感動したじゅんママです
DSCF0158n.jpg





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- 2 Comments

軽四  

おっ!春高楼の・・の岡城ですか
滝廉太郎ですな
あの時代に、すでにこの曲を作曲したとは
ただスゴイ
明治の人間は努力の塊ですね
それにひきかえ最近の大学生は勉強しませんね
ローマ字読めないのや分数計算できないのが
平気で大学通ってます
ま、かくいう私もバイトと麻雀の日々でしたが

2013/09/19 (Thu) 23:54 | REPLY |   

じゅんママ  

ありがとう♪

軽四隊長~♪コメントありがとう

> おっ!春高楼の・・の岡城ですか
> 滝廉太郎ですな

はい♪そうですよ~v-410
岡城近くには、メロディ舗装という区間があって、
車が通過すると荒城の月のメロディが流れてくるんですよe-343

> あの時代に、すでにこの曲を作曲したとは
> ただスゴイ
> 明治の人間は努力の塊ですね

曲を聴くだけで、情景が目に浮かんできますし
物悲しいメロディから、荒れ果てたお城への侘しさが
伝わって来る…。
名曲ですよねv-341

> それにひきかえ最近の大学生は勉強しませんね
> ローマ字読めないのや分数計算できないのが
> 平気で大学通ってます

うぅ…どうしよう…e-263
私も才女とは程遠い……e-350
こんなおバカなじゅんママだけど
隊長大目に見てねんv-435

> ま、かくいう私もバイトと麻雀の日々でしたが
隊長の青春時代ですねv-352

2013/09/20 (Fri) 01:25 | EDIT | REPLY |   

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