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それはミズーリ号から始まった…三布告(2)

Category歴史
≪それはミズーリ号から始まった…三布告(1)のつづき……≫

三布告を受け入れるという事は、日本政府の消滅…
そして国家の存亡に関わる重大事でした。
B円…つまり軍票の乱発によるインフレーションを一番懸念した日本政府。
占領した国が権力を持ちその国の経済をコントロール出来てしまう…
経済のコントロールの一番肝心なところは通貨。
人間に当てはめれば血液にあたる…血液をコントロールするという事は
人の体をコントロールするのと同じ事。
つまり日本がアメリカの州になってしまうという事。
もし三布告を受け入れたら、米軍統治下の沖縄のように、
日本全体がなっていたかもしれません。

この窮地に1人の男性が首相官邸に呼ばれました。
ミズーリ号での降伏調印にも参加していた、
終戦連絡中央事務局長官「岡崎勝男」です。
彼に託された使命とは、GHQのホテルに潜入し
三布告撤回を直談判せよ…というものでした。

明朝6時に出される三布告を何としてでも中止させなければ…
そんな切羽詰まった状況下ホテルに潜入
何とか連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーの部下に会う事が出来た岡崎。
『私は岡崎です。日本政府を代表して交渉に来ました。この交渉に日本政府の将来がかかっています。日本政府は誠意をもって連合軍に従っています。にもかかわらずこの命令を出されてはどんな内閣も1日と耐えられません。お願いです、どうかこの布告を取り下げて頂きたい。』という岡崎の気迫と熱意にマッカーサーの部下は布告の延期を申し出ました。しかしその後の事は
あくまでもマッカーサー元師が決定するとの事でした。
岡崎の勇気ある行動が時計の針を止め、日本の命運は首の皮一枚で繋がりました。

翌朝(9/3)、交渉を終えた岡崎を寝ずに待っていたのは、
岡崎とともに降伏調印に参加した外務大臣の重光葵でした。
重光は岡崎の報告に『今度はマッカーサーに直接交渉し、布告の中止を要請しよう』と国家の存亡をかけ、外務大臣重光葵が動きました。
その足でGHQ本部に出向いた重光は約束も取り付けぬまま、
マッカーサーを待ち続け直接交渉にこぎ着けました。
今から66年前、戦後日本の命運を決めた、重光とマッカーサーとの会談…。
重光は正義を守る国アメリカのプライドに訴えかけました。
『ポツダム宣言は、明らかに日本政府の存在、日本の主権の存在を前提に書かれている。軍政を敷くという事は、日本の受諾したポツダム宣言の精神に反している。 占領軍は日本政府を利用する事で、最も容易に占領政策を行う事が出来る。にもかかわらず、直接軍政を敷くのならば、占領軍はポツダム宣言以上の事を日本に要求するのであろうか。』
じっと耳を傾けていたマッカーサー。
『連合国の目的は、日本を破壊し国民を奴隷化する事ではない。
要するにこの問題は、政府及び国民の出方次第でどうにでもなるという事だ。』

GHQの三布告が取り消された瞬間です。
日本政府はGHQの直接軍政下に置かれる事を、ギリギリで阻止したのです。

この時の重光の心境を示す詩が残されています。
『朝まだき車を走らせ横浜に、昨日の敵と我は対せし。
折衝に若し成らずんば死するとも、我帰らじと誓ひて出てぬ。』

『恐らく父は、終戦に軟着陸するために努力したことだと思います…
父らしい覚悟だと思います。』と重光の御子息がインタビューに答えておられ、
胸が熱くなりました。

三布告をめぐる壮絶な攻防…そこには国家の存亡をかけた格闘がありました。
相手は軍人…その相手の寝込みを襲うという暴挙に出た岡崎は、
最悪射殺されてもおかしくない状況でした。
彼と重光の勇気が日本政府を…日本を救ったのです。
この負け戦をいかに良い負けに持っていくか…
どう次に繋げるかという先を見る事が出来たのが
重光葵や岡崎だったのではないでしょうか。
彼らの勇気と熱意の上に、今の私達の暮らしがあるという事を
もっと真摯に受け止めたいと心から思いました。
重光葵-z









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