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負けて勝つ…島津の退き口♪

今回は数年前にUPしている記事の再UPです♪。
前回の記事…徳川将軍家にまつわる内容を書いていて
思い出したエピソードがありましたので
改めてご紹介しようと思いまして…

☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆


薩摩おごじょの私の母は
島津家17代目当主・島津義弘が関ヶ原の戦いで敢行した
【島津の退き口(のきくち)】になぞらえ、
『負けて勝つ』という言葉を良く言っていました。

関ヶ原の戦いで、小早川秀秋の寝返りにより
西軍が総崩れとなり敗走を始めた時、
300人まで減っていた島津義弘隊は、
後に『島津の退き口(のきくち)』と呼ばれる方法で退却しました。
これは、敵に背中を見せて退却するのではなく、
最も勢いのある相手(敵)の大群の中を目掛けて
退却する方法(敵陣中央突破)で、
前代未聞の行動に家康もうろたえ脅威を感じたそうです。
この島津の退き口と言われる作戦が功を奏して、
藩主の島津義弘は生きて薩摩に戻ることが出来たそうです。

※島津義弘 島津の退き口 関ヶ原中央突破

この後、西軍の大名は次々と処罰されましたが、
島津家は関ヶ原の戦いで見せつけた大脱出のインパクトと
『表向きは恭順』しかし『軍事的には徹底抗戦』の作戦で、
天下統一を目前にした家康を脅かし続け、
最終的には(負けた)西軍大名でありながら、
ただ一人領土を奪われずに済み、島津家存続に導いたそうです。

『一見すると、その場では負けたように思えても、長いスパンでとらえてみたら、
相手よりも自分の方が幸せをつかんでいたり成功していたりするかもしれない…。
負けて勝つとはそういう事…。その場その場で相手を打ち負かしたり、
または成功を収める事だけが能じゃない。思い煩うな。』

と色んな事に思い悩む娘の私に母は良く語ってくれました。
今、この歳になって母の伝えたかった事が分かるような気がします

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