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伯母とある予備学生との恋…(長文です)

私の実家がある鹿児島県出水市には戦時中、海軍航空隊の基地がありました。
元々は飛行訓練を学ぶ学校だったのですが、
戦局が悪化の一途を辿ると、特攻出撃の
最前基地の役割も果たすようになりました。

そんな基地の街だった出水で暮らしていた父家族…。
父には歳の離れた兄&姉がいました。
昭和20年…18歳だった父の姉…私にとっては伯母ですが
お年頃という事もありましたし、美人さんだったので(笑)、
基地にいる若い隊員さん達が休日を利用して、
伯母を見に?会いに?(笑)、父の家にふらりと
よく立ち寄って行かれたとか。

そんな隊員さん達の中で、伯母との結婚を真剣に考えた方がいたようです。
その方は学徒出陣で召集された予備学生出身の○○隊員。
○○隊員は伯母の父…私にとっては祖父に『雪江さん(伯母の名)を嫁に下さい』
申し出て下さったようですが、
『明日をも知れぬ飛行機乗りに大切な娘を嫁がせるのは…』
と祖父は難色を示したそう…。
そんな事があった後のある日、○○隊員が伯母に会いに来られ
『もう自分には必要のないものだから…』と言い
ご自分の所持品などを伯母に渡されたそうです。
その言葉で○○隊員が帰らぬ出撃をするのだと伯母は悟ったそうです。
そんな思い出話を照れながら話してくれましたっけ…。

あの時の戦争の事を調べるようになり、この○○隊員の事を思い出し調べてみました。
海軍で予備学生出の○○隊員……
ありました…神風特別攻撃隊戦死者名簿にその名が…。
やはり特攻出撃なさって戦死されていました。
活字だけの触れ合いでしたが感慨深い気持ちになったのを覚えています。

そして月日は流れ、先日ネットで何気に○○隊員の名を検索してみたんです。
そしたら…○○隊員の姪という方が叔父である○○隊員の事を
書いてらっしゃるページにたどり着きました。
『遺書はただただ親の身を案じる内容になってはいるが、
本当は恋人への想いだったのではないか…』と
書いてらっしゃる文が胸に響きました。
そして更に検索すると○○隊員の写真が載せてあるページにたどり着きました。
初めて目にする伯母の恋人だった○○隊員の姿に胸が高鳴りました。
『この方が伯母の……』そんな言葉を繰り返し呟いた私…。
飛行服姿の凛々しい○○隊員の遺影が涙でかすみました。

結ばれる事がなかった伯母と○○隊員…。
○○隊員亡き後、伯母はやはり出水基地で整備兵をしていた
男性に見初められ結婚しました。
そして数年前に病で亡くなりました。
戦争があったから出逢い…戦争の為に別れなければならなかった2人…。
悲しく切ない運命です…。

伯母と○○隊員の事を書こうと思ったのは
軽四さんが紹介して下さった曲…【キミガタメ】を
BGMに使用した特攻隊の動画を見たからです。
いつかはちゃんと記事にしたいと思ってはいたのですが、
なかなか行動に移せずにいました。
そんな私の背中を押してくれたのがこの動画です。
※【特攻隊・BGM=キミガタメ】←クリック
今回の記事のきっかけを作って下さった軽四さん♪…
ありがとうございました



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Comments - 2

軽四

 ママさん皆さんこんにちは
ママさんに喜んでいただき嬉しく
思ってます
 井花敏男伍長繋がりでこちらに
お邪魔させていただいております
井花伍長とジュン君がダブって
みえ、つい、国家や家族のため若く
して将来ある若き命を奉げた英霊
への思いをカキコさせてもらってます

時代に引き裂かれた叔母さまの恋愛を
おもうと平和の有難さを感じずには
おれません

しかしながら、現在の日本は靖国に
おわす英霊の皆様に対し、その意思を
お返しできているのでしょうか

 英霊より両親にあてた遺書に
「お父さんお母さん私は必ず帰って
まいります、靖国神社やお母さんの枕元に」
という一文を全日本人と共有したい
と思います

 戦勝国により押しつけられ現在も続いている
妄想平和主義やエセ民主主義に断固反対します

 特攻隊員に選ばれた者がどれだけ優秀
であったかさえ、教科書は取り上げません
 短期で飛行機を乗りこなせる知識と
技術を会得できる能力と過酷な訓練に
堪えれた者だけが特攻に選ばれたのです
 そうです超エリートが選ばれていたのです

 本来は私のような役立たずの中高齢者が
なるべきだったのですが、頭も体も対応できない
ためなれなかったのです
 バカでは選ばれなかったのです

 英霊の遺書の内容や文字の美しさに触れるたび
その優秀さに驚愕するでしょう

 平和教育というなら彼等遺書こそとりあげ
その事実や英霊の靖国神社に対する思いを
を正しく伝えて欲しい

 諸外国がなんと言おうと、彼ら英霊のが最後に
よりどころとしたことを学んでほいしいものです

 中や朝などの抗議は断固拒否すべきです
 況や先日靖国の門に放火した中など断固鉄槌を
下すべきです(どう考えても中共産党の操りでしょう)
 中や半島などの 批判は今回は止めます
が、まずは自国の思いを大切にしてほしいものです


 今回はママさんへのお礼と英霊への
思いを熱く語らせていただきました

PS 出水市は元広島カ-プの大投手
  外木場選手の出身地だったんですね

   いつの日にか井花伍長とジュン君の
  写真を抱いて靖国神社に参りたいと
  おもってます

2012-01-31 (Tue) 18:15 | EDIT | REPLY |   

じゅんママ

ありがとう♪

軽四さ~ん♪コメントありがとう

改めて…Suaraさんのキミガタメという
素晴らしい曲をご紹介して下さり
本当にありがとうございましたe-466
あれから何度も何度も聴いてますよ♪。
そうですね。軽四さんと私を結びつけてくれたのは
井花敏男伍長の記事でしたね。
http://junchanfamily.blog94.fc2.com/blog-entry-282.html
記事にも書きましたが、
井花伍長のあまりにも幼すぎる風貌に愕然とし、
また息子のじゅんと重なって見え涙が溢れました。
その気持ちをそのまま記事にしたものです。
特攻隊員の辞世の句や遺書は、
涙なくしては読めませんね。
そして私の場合、特攻隊の方々との交流があった父から
様々な思い出話を聞かされて来ましたので
戦後世代の同世代の人達よりも思い入れが強いんだと思います。
『彼ら(特攻隊)の事を忘れないで欲しい。
そしてもう二度と戦争をしてはだめだ。』と父から言われて来ました。
そう…忘れない事が平和の大切さに繋がると
父は言いたかったんだと思います。

元広島カープの外木場選手が
出水出身の方とは知りませんでしたv-410v-356

2012-01-31 (Tue) 20:10 | EDIT | REPLY |   

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