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懐かしい品々

鹿児島の実家へ帰省した時、押し入れにあった段ボールの中を開けてみたら懐かしい?品々が出て来ました。
私の伯父…父の歳の離れた兄2人は戦争で亡くなっています。
1人は広島の原爆で。もう1人はソロモン諸島のブーゲンビル島で。
幼い頃から伯父達の事、戦争の悲惨さを父から聞いて来た私は、中学生の頃から自分なりにあの戦争とは一体どういうものだったんだろうと調べて来ました。
やがて大人になり、色んな方面の方々と情報を交換するようになると、情報と一緒に軍曹品なども集まるようになりました(笑)。
ほとんどが頂きものなんですが…。
これは海軍飛行予科練習生の冬の制服と軍帽(本物)です。
七つボタンは桜に碇♪という予科練の歌でもお馴染みですね。と言ってもこんな事、俊さん位しかご存知ないですよねぇ~(笑)。
DSC02036n.jpg


飛行練習生が使っていた教科書



※マウス(ポインター)を写真に合わせると写真が変ります。



未開封のガーゼ



※マウス(ポインター)を写真に合わせると写真が変ります。


砲術学校の特技章



※マウス(ポインター)を写真に合わせると写真が変ります。


これらの品々もハンディを抱えているじゅんちゃんは管理していけないですし、私が元気なうちにどなたか心ある方…もしくはどこかの資料館に寄付したいなぁ…と思っています。

そんな品々の中、1つの手紙が出て来ました。
伯父が最期を遂げたブーゲンビル島の戦いから生還された、
熊本ブ島会会長さんから頂いたお手紙です。
熊本県ブーゲンビル島生存者会が出版された本を読み、鹿児島と熊本という違いはあるけれど、同じ九州の部隊(第六師団)なので、もしかしたら伯父の情報もご存知ではないか…という淡い期待を込め、私からお手紙をお出ししたのでした。
私への手紙のお返事ですが
『何分、ブーゲンビル島に派遣された兵士達はほとんどが戦死…生きて国に帰れた者はほんのわずかなので、伯父様の事がどこまで判明するかどうか…。
しかし伯父様の所属部隊・入隊日時・最終所属部隊・戦死公報の状況などを知らせてくれれば生存者会の戦友達に当たってみます』
との内容でした。
最後に『購読ありがとうございました。本当に貴女のお便りを頂いて、こんなにも感激し厚く慰霊の心を持っておられる若い方がおられた事が嬉しくてなりません。出来る限り皆にあなたの便りを紹介したいと存じます。特に編集委員の方達はさぞかし感謝することと存じます。』と書いて下さっています。
改めて読み返して、胸が熱くなりました。
伯父は二度と故郷に帰って来る事は出来ませんでしたが、この様に同じ戦場で戦った仲間の事やあの悲惨極まりない状況を何とか後世に伝えようと頑張っていらっしゃる会長さんの存在を遺族の1人としてとても有り難く感じます。
DSC02101n.jpg
この会長さんの住所、下通りのど真ん中なんですよね~。
恐らく、み○○やさんの方じゃないのかなぁ…。
今でもお元気でいらっしゃる事を心からお祈りしています。




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Comments - 2

みどり☆そら

これまた貴重なものを
お持ちになっていらっしゃいますね~
地元の資料館とか
そう言うところで
色んな方々に見て頂くのも
良いかもしれませんね~

と、言いつつ私も日本刀
どうしようかな・・・
今は自分が大事にしてますが
ゆくゆくは。。。
数百年前のものなんですけどね。

2011-02-28 (Mon) 20:53 | EDIT | REPLY |   

じゅんママ

託す…

そらさ~ん♪コメントありがとう

> これまた貴重なものを
> お持ちになっていらっしゃいますね~
> 地元の資料館とか
> そう言うところで
> 色んな方々に見て頂くのも
> 良いかもしれませんね~

そうですよね~。
個人で持つより、資料館などで展示して頂くのが
一番理想的かなぁと私も思いますv-410

> と、言いつつ私も日本刀
> どうしようかな・・・
> 今は自分が大事にしてますが
> ゆくゆくは。。。
> 数百年前のものなんですけどね。

そうそう…自分がいる間はね…
大切に出来ますけどね。
『託す』という事も考えておいた方がいいかもしれませんね。

2011-02-28 (Mon) 21:50 | EDIT | REPLY |   

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