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Madonna blueに憧れて♪

マイペースブログです♪

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大刀洗平和記念館へ行って来ました♪。

先日、福岡県朝倉郡筑前町にある【大刀洗平和記念館】へ行って来ました。以前から一度行ってみたいと思っていた場所…。建物は格納庫を模したデザインでした。様々な資料が展示してある中、人際目を引くのは、何といっても旧海軍の"零式艦上戦闘機三二型"の機体!。館内で写真撮影が許されているのは、この零戦だけとの事だったので、写真を撮ってまいりました。私の父が良く語ってくれていた零戦を間近に見ることが出来、感無量な...
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伯父の魂…

オバマ米大統領が今月の27日、安倍晋三首相と共に、現職大統領として初めて被爆地・広島を訪問する事となりました。何度かご紹介してきましたが、私の伯父(父の兄)は広島の原爆で被爆し亡くなりました。職業軍人だった伯父は、広島の部隊に転属になり原爆投下の一週間前に広島へ向かいそして被爆しました。戦死公報には伯父が広島第一陸軍病院で亡くなった事と「顔面・背中火傷」とも書かれていたそうです。『兄貴にとって広島へ...
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死ぬるまで 恋女房に惚れ候

今日は二月二六日…二・二六事件が起こった日ですね。以前、二・二六事件に関する事を記事にしておりましたので再UPしてみま~す♪。*★*―――――*★*―――――*★*―――――*★*―――――*★*ども~♪歴女のじゅんママで~す(笑)。私は父の影響で、戦前・戦中など歴史に興味を持ち色々と自分なりに調べたりしてきました。そして、やはりそんな父が持っていた二・二六事件に関する本を読み、またまたこの事件に興味が湧いて松本清張さんや澤地久枝さん本を...

恐縮です(^_^;)

ワタクシのミリタリーパワーがついにここまで到達致しました~(^_^;)。熊大近くにある味六亭のご主人が、私に負けない位のパワーの持ち主だと息子がお世話になっております熊大生の家庭教師:沙耶先生からお聞きし、何度か足を運ばせて頂き、店主さんに私が資料として持っておりました「海軍飛行予科練習生」の教科書を差し上げたんです。(※写真に写っているものが差し上げた予科練の教科書)そしたら…個人で持つのは勿体無いという...

戦争の悲しみ…平和の尊さ…

戦時中、リトアニアのカウナス領事館に赴任していた杉原は外交官として…いえ、1人の人間として日本政府に背き独自の判断でビザを発行し、6000人ものユダヤ人の命を救いました。その【杉原千畝(ちゅうね)】の人生が映画化され2015年12月5日全国ロードショーとして公開されます。 予告編の動画がUPされていましたので、ここでご紹介します。是非、ご覧下さいませ。杉原同様、ドイツと手を結ぶ事…いわゆる"三国同盟"に最後まで反対な...

人間よ、人間を、敬いなさい……

先日、シリーズ戦後70年「障害者と戦争」「ナチスに迫害された障害者たち」というTV番組をみました。 初めて知った事実に胸が張り裂けそうになりました。日本障害者協議会代表の藤井克徳さんが、戦後70年という節目を迎えたドイツに向いました。 藤井さんは今年、どうしても向き合いたい歴史がありました。T4作戦…それは戦時中、精神障害者や知的障害者などが、大量虐殺されたという痛ましい歴史…。ドイツ経済を建て直し、国民の熱...
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今年も過ぎ去り終戦記念日…♪(再UP)

昭和20年8月15日…あの戦争が終わった日…「戦没者を追悼し平和を祈念する日」…それが終戦記念日です。今年で70回目を迎えたそう…もうそんなに経つんですね。戦争体験者である私の両親…8月15日の事について以前、「どんな気持ちだったか」と父に聞いた事があります。『これでもう空襲に怯えなくていいんだと思った。』そう父は答えました。終戦当時、少年だった父の素直な気持ちだったようです。そして一方、母はと言うと学校で終戦...

色んな人物のWikipediaで登場する…井上成美

8月2日のYahoo!のトップニュースに【命かけ特攻拒否 指揮官の信念・特攻せず 夜襲部隊「芙蓉」】という記事が紹介されまた。死を覚悟し、戦闘機で敵艦隊に体当たりする「神風特別攻撃」―。いわゆる「特攻」。太平洋戦争末期、戦況悪化に伴い、日本海軍連合艦隊司令部は特攻主体の作戦を決定し、米軍の沖縄上陸に備えた。その中で、特攻を拒否し、「正攻法」を訴えた航空部隊があった…。関連ページ★特攻せず 夜襲部隊「芙蓉」(...

プラネタリウム…戦場に輝くベガ

週末の休日…特別な用事も無かった私は、主人の『博物館、改修工事するんだって。だからプラネタリウムは今月いっぱいまでで、約二年間見ることが出来なくなるらしいよ。今月いっぱいで終わりだと書いてある。』という主人の言葉を聞き星空が大好きな私は、暫く楽しむ事が出来なくなる地元・熊本のプラネタリウムを見に行く事にしました。熊本城近くにある熊本市立熊本博物館♪。緑豊かな場所にあります。この熊本市立熊本博物館内に...

幼すぎる風貌に涙…

去る4月6日、知覧特攻平和会館初代事務局長を務められた板津忠正さんがお亡くなりになりました。板津さんは特攻隊員として出撃されましたが、エンジンの不調で不時着し生き残り戦後は全国の特攻隊員の遺族から遺書や遺影などを収集。知覧特攻平和会館の初代事務局長を務められました。板津さんの訃報の後、私のブログのある過去記事へのアクセスが増加…それは板津さんの名を記事内にご紹介していたので検索で辿り着かれる方が増加...

届いた本を読み始め…♪

最近、歴史に関する本…と言っても元軍人、何度かご紹介してきた石原莞爾と井上成美などが登場する本を3冊まとめて購入しました。まずは石原に関して……石原莞爾とは…陸軍軍人。関東軍参謀として満州事変と満州国建設を指揮したことで知られる。 1909年陸軍士官学校,18年陸軍大学校卒業。ドイツ駐在。陸軍大学校教官などを歴任後,28年中佐,関東軍参謀。特異なキャラクターから異端児としても知られる。石原莞爾については、内閣...
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久しぶりのミリタリー&マニアックネタ♪(^m^;)

最近、以前このブログでもご紹介した事のある海軍軍人【井上成美】をネットで検索していましたら石原莞爾という陸軍軍人の情報が目に留まりました。石原莞爾…そう言えば、昔この方の事を聞いた事があるな…確かあの東条英機と敵対し東條を『東條上等兵』と呼んでいたとか…。なんて事をおぼろげ乍ら思い出し、そもそもどんな人物なんだろうと調べてみる事に…。石原莞爾とは…陸軍軍人。関東軍参謀として満州事変と満州国建設を指揮し...

李香蘭…2人の"よしこ"…

国際的歌手、女優、政治家としてご活躍なさった山口淑子さん(94歳)が9月7日お亡くなりになりました。それはそれはお美しい女性…絶世の美女という言葉が誰よりも相応しい方でした。「夜来香」「何日君再來」「蘇州夜曲」などを歌いヒット。私の母も良く『あわれ春風に 嘆くうぐいすよ~』(夜来香)、『君がみ胸に抱かれて聞くは~』(蘇州夜曲)など口ずさんでいました。1920年(大正9年)2月12日生まれ…。中国語が堪能で南満州鉄道株...

黒澤明作品【夢】…

1990年に公開された、黒澤明監督による日本とアメリカの合作映画である『夢』(ゆめ、英題:Dreams)。「日照り雨」「桃畑」「雪あらし」「トンネル」「鴉」「赤冨士」「鬼哭」「水車のある村」の8話からなるオムニバス形式なのですが、8話の中で一番、私の心に響いたのが「トンネル」という作品です。太平洋戦争が終わり、一人の陸軍将校が戦地から戻り、人気のない山道を歩いているとトンネルに差し掛かる。そのトンネルから犬が...

思い出の縛帯♪そして井上成美…

先日の記事で歴史家の加来先生の講演会の事を書いていて久しぶりにこのブログでも歴史…と言ってもミリタリー関連ですけれど(笑)、ご紹介したいと思いまして、過去記事を再UPします。下の写真……これが何か分かる方はかなりのマニアの方ではないかと思われます。答えは……【海軍操縦者用縛帯(落下傘ベルト)】。通称:縛帯…「ばくたい」と読みます。私の所有物ですが、以前ファミリーブログでご紹介した時に使用した写真です。私がむか...

加来先生の講演会♪

21日(土曜日)はグランメッセ熊本で行われた歴史家・作家の加来耕三先生の講演会に行って来ました。加来先生は、歴史好きな私が良く見ていた下記の番組にコメンテーターとしてご出演なさっています。【先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)】【BS歴史館】【THEナンバー2 ~歴史を動かした影の主役たち~】【ライバルたちの光芒~宿命の対決が歴史を動かした!~】TVにて加来先生のお姿を拝見していた私は、勝手に親しみを感じており(...

岡城跡…荒城の月♪

週末はちょっと足を延ばして大分県竹田市にある【岡城跡】に行って来ました~。思い付きで行く事になりました岡城跡…。城があったという事は当たり前ですけれど、岡藩という藩があったんですよね。私の勉強不足で全く知りませんでした。岡城は、文治元年(1185年)大野郡緒方荘の武将緒方三郎惟栄が源頼朝と仲違いしていた弟義経を迎えるために築城したと伝えられている。その後数回、主の入れ替わりがあり、文禄3年(1594年)2...

カッコイイ♪腰矢指矢☆☆☆

実家(鹿児島県出水市)に帰省した際、良く利用させて頂いているレストランの店内の壁に飾られている一際大きく存在感のある絵…。私、この絵が大好きなんです。故郷・出水を象徴する「鶴」「武家屋敷」「けた打瀬漁」「腰矢指矢」が見事に一枚の絵として描かれています。この絵の中で、特に私の心を捉えているのは「腰矢指矢」です。私自身、剣道をやっていた事もあり、古武道などにも興味がありまして「腰矢指矢」に惹かれました♪。...

「ぼたもちさん」(誾千代姫のお墓)に行きました♪

以前このブログでも取り上げました戦国の戦うお姫様【立花誾千代(たちばなぎんちよ)】。※詳しい事はこちら※【戦国の女城主♪】 ←クリック))TV番組「歴史秘話ヒストリア」で誾千代の物語が紹介され魅力溢れる姫の存在を初めて知った私…。この番組で主役の誾千代を演じられたのが元宝塚歌劇団宙組トップ娘役としてご活躍なさった、女優の陽月華(ひづき・はな)さん。戦国時代、女性でありながら家を継ぎ、勇ましく戦う女BOSS誾千...

今年も過ぎ去り終戦記念日…♪

昭和20年8月15日…あの戦争が終わった日…「戦没者を追悼し平和を祈念する日」…それが終戦記念日です。今年で68回目を迎えたそう…もうそんなに経つんですね。戦争体験者である私の両親…8月15日の事について以前、「どんな気持ちだったか」と父に聞いた事があります。『これでもう空襲に怯えなくていいんだと思った。』そう父は答えました。終戦当時、少年だった父の素直な気持ちだったようです。そして一方、母はと言うと学校で終戦...

戦地からのハガキと伯父との再会

また夏が訪れようとしています。夏はどうしてもあの戦争を思い出してしまう私…。それは伯父2人を戦争で亡くしているから…。私の父の歳の離れた兄は職業軍人で、原爆投下の一週間前に広島の部隊に転属になり被爆し亡くなりました。28歳でした。戦死公報には伯父が広島第一陸軍病院で亡くなった事と「顔面・背中火傷」とも書かれていたそうです。『兄貴にとって広島への転属は死出の旅だったんだな…』と良く父が呟いていました。原...

戦国の女城主♪

先日、島田美術館において戦国時代の甲冑の歴史に触れて来た私…。そこでフッ…と以前UPした記事の事を思い出しまして、再UPしてみました~。★・・・・・・・★・・・・・・・・★・・・・・・・★先日TV番組「歴史秘話ヒストリア」で戦国時代に実在した戦うお姫様の物語が紹介されました。初めて知った姫君達の存在とそれに伴うエピソードの数々に新鮮な衝撃を受けました。今回この番組で主に取り上げたられたのは【立花千代(たちばな...

メルヘンの次は…(^_^;)♪

前回の記事でご紹介しました「永田萌さん」の本と一緒に取り寄せた本…。"最後の海軍大将"と言われた【井上成美(しげよし)】の伝記本2冊。にゃはは~、ジャンルが違い過ぎぃ~。ネット(主にWikipedia)での情報などを拝見し、興味を持ちまして以前から井上さんの伝記本を読んでみたいと思っていたんです。ヒトラー著『我が闘争』の和訳本は、日本人に対して露骨な侮蔑と嫌悪感を示している部分が省かれ出版されていましたが、原書...

月光の夏

映画【月光の夏】…。私にとって特別な映画です。戦死した伯父達の事や、実家近くにあったという海軍航空隊の基地から出撃していった隊員の方々の事などを両親から聞き『あの戦争の事をもっと知りたい』と思い始め、自分なりに調べていくうちに様々な反戦映画も見てみましたが、この【月光の夏】が一番色んな意味で考えさせられる素晴らしい映画だと思います。それに…父と一緒に見に行ったという、私にとっては特別な思い入れがあり...

なぜ遺書は集められたのか…(長文です♪)

昨夜のNHKクローズアップ現代は【なぜ遺書は集められたのか ~特攻 謎の遺族調査~】というものでした。生身の人間が飛行機もろ共敵艦に体当たりする特攻…。太平洋戦争末期、5千人を超える若者が死ぬ事を前提として出撃し、命を落としました。1千人を超える隊員の遺書…。終戦直後、遺族の元から回収されそのままになっいる事が分かりました。太平洋戦争の末期、日本の敗戦が色濃くなった時期に始められた作戦【特攻】…。隊員に...

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原爆…伯父との再会

広島は本日6日、67年目の「原爆の日」を迎えました。以前このブログで広島の原爆で被爆死した伯父の事を【戦地からのハガキ…】というタイトルで記事にさせて頂きました記事をご覧になった方がたまたま広島に旅行に行かれる事になり、様々な観光地をまわられた中で、【広島原爆死没者追悼平和祈念館】にも足を運ばれたそうです。私が広島で被爆死した伯父を記事に書いた事を心に留めておいて下さったようで、祈念館の【遺影コー...

戦地からのハガキ…

また夏が訪れようとしています。夏はどうしてもあの戦争を思い出してしまう私…。それは伯父2人を戦争で亡くしているから…。私の父の歳の離れた兄は職業軍人で、原爆投下の一週間前に広島の部隊に転属になり被爆し亡くなりました。28歳でした。『兄貴にとって広島への転属は死出の旅だったんだな…』と良く父が呟いていました。原爆投下の瞬間の再現動画を見つけました。お時間が許せばご覧下さい。如何に強烈な衝撃だったかが伝わ...

それはミズーリ号から始まった…三布告(2)

≪それはミズーリ号から始まった…三布告(1)のつづき……≫三布告を受け入れるという事は、日本政府の消滅…そして国家の存亡に関わる重大事でした。B円…つまり軍票の乱発によるインフレーションを一番懸念した日本政府。占領した国が権力を持ちその国の経済をコントロール出来てしまう…経済のコントロールの一番肝心なところは通貨。人間に当てはめれば血液にあたる…血液をコントロールするという事は人の体をコントロールするのと同...

それはミズーリ号から始まった…三布告(1)

ハードディスクに録画されていた番組…BS歴史館をやっと観た私。去年放送された再放送らしいのですが、私はこの回は初見です。タイトルは【それはミズーリ号から始まった(日本の運命を分けた2日間)】。1945年9月2日こそが日本が降伏し戦争が終わった日…。時の外務大臣『重光葵』は敗戦国全権として降伏文書に署名しました。戦争が正式に終わり、世界中に平和がもたらされた日9月2日…しかし日本はその日国家存亡の危機に...

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負けて勝つ…島津の退き口♪

今回は数年前にUPしている記事の再UPです♪。前回の記事…徳川将軍家にまつわる内容を書いていて思い出したエピソードがありましたので改めてご紹介しようと思いまして…。☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆薩摩おごじょの私の母は島津家17代目当主・島津義弘が関ヶ原の戦いで敢行した【島津の退き口(のきくち)】になぞらえ、『負けて勝つ』という言葉を良く言っていました。関ヶ原の戦いで、小早川秀秋の寝...

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伯母とある予備学生との恋…(長文です)

私の実家がある鹿児島県出水市には戦時中、海軍航空隊の基地がありました。元々は飛行訓練を学ぶ学校だったのですが、戦局が悪化の一途を辿ると、特攻出撃の最前基地の役割も果たすようになりました。そんな基地の街だった出水で暮らしていた父家族…。父には歳の離れた兄&姉がいました。昭和20年…18歳だった父の姉…私にとっては伯母ですがお年頃という事もありましたし、美人さんだったので(笑)、基地にいる若い隊員さん達が休日...

若き飛行訓練生の回顧録♪

私の故郷・鹿児島県出水市にあった出水海軍航空隊…。戦争が激化するまでは飛行学校でした。一人前の航空兵になる為に、出水空で訓練を受けていました。その出水空で訓練を受けた練習生、海軍乙飛第十六期出身の「惣門秀男」氏の遺稿。この二冊の本…表紙の色とデザインが若干違う他、どこに違いがあると思いますか?。クリックで拡大表示します答えは中に♪。ご覧頂いたら分かると思いますが、1冊は隊員の惣門秀男さん直筆そのまま...

伯父の写真

数年前実家に、父母と同じ町内の方が『我が家のアルバムの中からこの写真を見つけました。写真の裏に名前が書いてあり、お宅のご家族の方ではないかと思って…』と下の写真を持って来られました。父が『わぁ~!兄貴だ』と驚いてました。写真の裏には『○○隆男・19才』と書かれていました。私の実家の苗字…私の旧姓はちょっと珍しい苗字なので我が家の家族ではないかと思われたようです。60数年前に戦死した伯父の写真が、このような...

出水基地のエピソード♪

ここ特攻碑公園は出水海軍航空隊から飛び立った17歳から24歳の若い隊員達の慰霊の為に作られました。戦時下は神風特別攻撃隊の基地として帰ることのない出撃を見守った場所が、現在では美しい桜が咲き乱れ、人々が笑顔で花見を楽しむ場所になっています。もう二度と未来ある若者達を兵器と化すような作戦を許してしまう戦争をしてはならない。そしていつまでもこの平和が続くよう、私達1人1人がしっかりと日本の行く末を見定めて...
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